| 嶋七嫁の今まで波乱万丈!?道のり ・・目次 |
■かまぼこの奥深さに触れた学生時代
■嶋七・4代目との出会い・・・そして嶋七ファンに
■大手食品メーカーでの修行で疑問・・・??
■「ただ、美味しいと納得できるものをつくりたいんだ」という言葉に
■かまぼこ屋の嫁になっての喜び
■やっと目標を・・・手作業での顧客管理
■これからやるぞ〜!と思った矢先に入院.・・・年末どうなる!?
■わずか600gで生まれた娘から教わったこと・・・娘へ伝えたいこと
■オンラインショップへの決意
■オンラインショップへの険しい道、支えてくれたのは心の師匠です
■代々続く店の責任とよろこび
■オンラインショップを通して、お客さまに教わったこと
■伝統を守りながらの新たな挑戦 「舞鶴かに物語」誕生
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〜かまぼこの奥深さに触れた学生時代 〜
子供の頃から「おいしいもの好き」で食に関する興味が強く、
中学のころから 「将来食品開発に携わりたい」と思っていました。
そして、東京水産大学 水産学部 食品生産学科へ入学。
そこで多くの食品の製造実習や分析などを経験しました。
その中でかまぼこの製造について勉強したり、実験を重ね、
「塩が生み出すたんぱく質の架橋構造」の不思議や
「魚種」や「坐りとよばれる2段加熱方法」のよって生まれる
かまぼこから生まれる弾力感の不思議について目を奪われました。
そして、こんな化学的ともいえる加工技術が日本古来から存在し、
代々受け継がれているなんて・・・・
そのことに感激し、「かまぼこ」というものに興味を持つようになりました。
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〜4代目との出会い・そして舞鶴かまぼこファンに〜
かまぼこの研究をするために同大学で学んでいた嶋七・4代目と出会いました。
そして、自然と魅かれあい、付き合うことに・・・・・
かまぼこ屋で育った主人はかまぼこの製造実習や分析などをする中、サンプルだけでは物足りず
教授に隠れて、独自に調味したかまぼこをつくってましたっけ。(^_^)
在学中は ふるさと舞鶴から送られてくる美味しい「松葉かに」や「自家製の干し魚」、
「舞鶴名産のかまぼこ」を主人が持ってきては、研究室の皆とよく食べました。
特に「お父さん(嶋七社長)が作るは絶品!」と研究室の冷蔵庫にある嶋七のかまぼこは
教授や友人たちと酒のつまみにも取り合いになるほどでした(*^_^*)。
そしてこの私も「かまぼこってこんなにぷりぷりしていて、おいしいもんなんだ」
「天ぷらってこんなに味わい深いものなんだ」と嶋七のかまぼこ・天ぷらファンに・・・・。
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〜大手食品メーカーで・・・??〜
大学を卒業すると小さい頃からの夢であった「食品に携わる業務がしたい」ということで
大手食品メーカー(不二製油株式会社)に就職。
新設された品質保証部の研究のスタッフとしての配属されました。
大手メーカーでの充実した研究書籍と恵まれた研究環境で、食品に関する文献を読みあさり、
研究に没頭する充実した楽しい日々を過ごしました。
そして、多くの方々の助けを借り、また偶然の発見により
「クリームの細菌迅速測法の確立」に成功。
社長表彰(プロダクティヴィリティ賞)をいただくことができました。
その傍ら、HACCP(米国NASAで開発された食品の品質・衛生管理方法のひとつ)の導入、
ISO取得のために事業所内やグループ会社の小規模工場の衛生監査や衛生指導などの
業務に携わりました。
そして、それと同時に、大手食品メーカーでは量産しなければならないという使命から
商品開発に多くの制約があることを知り、疑問を感じ始めました。
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〜「ただ、美味しいと納得できるものをつくりたいんだ」という言葉に〜
すでに舞鶴・かまぼこ嶋七へと戻った主人と大手メーカーに勤める私。
当然話は業界話しです。
かまぼこだって、下級の冷凍すり身(冷凍すり身には質や加工状態による上質なものから下級のものまで様々です。)
に品質改良剤やでんぷんをたくさん混ぜれば、いくらでもコストダウンは図れます。
そして、味は化学調味料をたくさん使って、補えばいいのです。
そんな中、主人がいつも言っていたのが
「小さくてもいい。ただ美味しいと納得できるものを造りたいんだ。」と。
「食べものは安全なことはもちろん、心が豊かに感じられる おいしさがなければ・・・・・」
簡便で、安いだけで本当の美味しさが失った商品ばかりがあふれていっては
日本の食文化はどうなるんだろう・・・・
この言葉に心動かされました。
そして、都会育ちで、商売の大変さも、ろくに知らないこの私が、かまぼこ屋・嶋七の嫁になったのです。
1996年の初夏のころでした。
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〜かまぼこ屋の嫁になっての喜び〜
かまぼこ屋の製造を手伝い始めた私。
労働らしい労働を経験したことがなかった私にとって、かまぼこ屋の製造の仕事は
かなりきついものでした。
そんな中、かまぼこを買いにくるお客さんから
「嶋七さんのかまぼこおいしいね〜」
「嶋七さんのお嫁さんなの〜。きついやろうけどきばってな。」などの
励ましの言葉をもらうようになりました。
そんなお客様の言葉に癒され、励まされ、とてもうれしく、
お客様と直接お話しさせていただくことが楽しいと思うようになりました。
それは大手メーカーの実験室では味わえないものでした。
そして、年末ともなると「おたくのかまぼこ美味しいな。送ってくれへんか?」と電話や
地元にすむお客様が都会へ出て行った娘や息子へ
「かまぼこを送ってほしい」と次々と来店されました。
嶋七は卸しがほとんどで、できたてを求めて買いに来るお客様に安くお分けするといった
スタイルで、データーベースはおろか、顧客管理がほとんどできていない状態。
手作業による伝票の計算は振込用紙の記入など年末に重なると大変でした。
特に来店されるお客様はお年を召した方が多く、
長い住所を筆記することも大変な方もいらしゃいました。
そこで、もっとお客様のためになにかできないかと考えるようになりました。
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〜やっと目標を・・・手作業での顧客管理〜
年末を終えると思い切って義父(社長)・母に話しました。
「顧客管理を始めたい。通販を始めたいのです。
いろんな地方の名産と言われるかまぼこを食べてきて、
舞鶴の、うちのかまぼこは、本当に美味しいと私には自信があります。
そして、特別な宣伝をしていないのに、遠くから送ってほしいと言っている人がこんなにもたくさんいます。
でも注文書すらなく、の記録もない。
スーパーのバイヤーは値段をたたくばかりで、味見すらしない人もいる。
もっと納得できる美味しいものを求めている人が全国にいるはず。」
そして、宅急便の札を集めて、ひとつひとつお客様の住所書き出し、手作業で住所管理を始めました。
後で考えると、手作業なのでお客さまの名前を覚えることも出来たのがよかったのでしょう。
そして挨拶文をつけて、DM発送を始めました。
するとお客さまがお客さまを紹介し、ほんの少しずつですが
嶋七かまぼこのファンが全国に増えていき、
お客さまの声をもっとたくさん聞けるようになりました。
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〜これからやるぞ〜!と思った矢先に長期入院.・・・年末どうなる!?〜
ある程度の実績を認めてもらい、データベースを入れることを決意。
そして、その導入準備中に双子妊娠、突然の切迫流産で7ヶ月以上の入院を
余儀なくされてしまったのです。それも大事な年末をはさんで・・・
入院先の病院のベットの上でカタログに入れる挨拶文を考えたり、
地方発送業務のマニュアルを作ったりしたものの、ただあせるばかり・・・・・
お客さまに迷惑をかけるわけにはいかない・・・・どうなるの〜!?
そんな思いで過ごしていたら、4ヶ月も早く早産、生まれたての長男は天国へ。
そして、娘は仮死状態からなんとか蘇生。
5ヶ月間の保育器の中での生死の戦いが始まりました。
そして、私は結局年末の通販業務に間に合いました。
わずか600gの赤ちゃんに面会できるのは1日たった15分だけだったからです。
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〜わずか600gで生まれた娘から教わったこと・・・娘へ教えたいこと〜
わずか600gの娘でしたが、その生命力の強さはすごいものでした。
身体中に管をつけられ、体の半分ほどの注射器で点滴を受けているのを見ると、
生きているんじゃない、生かされているような気がして、胸がつまり、言葉も出ませんでした。
そんなとき、ある看護婦さんに
「碧ちゃん(娘の名前)は自分の意思で生きようとしているんだよ」といわれました。
おなかから出た娘は、もう一人で人生を力強く歩き始めていたのです。
それからも多くの生死のはざまをすり抜け、成長する姿はただただ感動するばかりでした。
そんな娘から、「どんなときでもあきらめない強い意志をもつこと」
を教わったような気がします。
”前へ私も前へ進もう・・・何事も信念をもって・・・”と思うように。
そして、娘が大きくなって、私を見てまた勇気づけられるように
私自身が成長しなければ、と思うようになりました。
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〜オンラインショップへの決意〜
カタログ通販を始めても、うちのような小さな会社には避けられない問題点がありました。
そう、カタログパンフレットの製作や発送に関わる費用です。
それに、旬の素材を使った季節商品は期間も短く、お客さまにお知らせしたい思っても、
費用の関係上できないといった問題点がありました。
それに費用に見合うパンフレットの大きさではなかなか全商品を
詳しく説明することもできませんでした。
そんな時、舞鶴のとなりの宮津市に北海道の海産物のオンラインショップでご活躍されている
北釧水産の神山さんが講演に見えられ、聴くことができました。
そして、神山さんのオンラインショップ開業のノウハウうんぬんよりも、
神山さんのお客さまへの対応のすばらしさを知り、感動したのです。
デジタルを通じていかにお客さまと心をふれあわせるか、そしてその話しの中から、
神山さんの誠実な人柄が伝わってきて、その日からファンになり、私も神山さんのように
オンラインショップを通じて、お客さまと触れ合える関係になりたいと思うようになりました。
これがオンラインショップ開業への私の決意です。
そして、次の日から娘の保育園探しを始めました。
超未熟児ゆえのハンディがあるため、なかなか見つかりませんでしたが、
2週間後には、週3日預けられる保育園を見つけました。
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〜オンラインショップへの険しい道、支えてくれた心の師匠〜
ホームページビルダーと書店で買ったマニュアルを片手に悪戦苦闘。
なにせパソコン自体苦手で、デザインセンスのかけらもない。
画像処理って何??ドメインって??ということで思うようにできません。
(今もまだまだそうですが・・・・・・)
更に保育園に行きだした娘は環境が変ったこともあって、しょっちゅう熱を出し、冬場ともなると
風邪をこじらせて2ヶ月おきに肺炎で入院。何度も中断を余儀なくされました。
そんな中、北釧水産の神山さんに買い物かごを紹介していただいたり、
優しくって、そして温かい激励のメールを頂き、そのたびに感動して涙が出ました。
そして立ち直り、少しずつですがページを作ることができ、なんとかオープンすることができました。
それからも、多くのオンラインショップの先輩方から多くのことを教えていただき、
また前へ進む勇気を与えてくださいました。本当にありがとうございます。
たくさんの方々の力がなかったら、もうとっくに挫折していたことでしょう。
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〜代々続く店の責任と喜び〜
毎年夏・冬と必ずご注文いただくご年配の男性の方がいました。
しかしあるとき、その方の奥様から突然お電話をいただきました。
「主人が亡くなりましたので、今年からは主人の好きだったかまぼこを 私が注文します。
あの人みたいにたくさんは注文できなくなるけど、あの人が配っていた人たちが
今年も待っているから」と
その方は私が一度失敗をしてしまい、ご迷惑をおかけしてしまったお客さまでした。
「そうですか・・・・それはそれは・・・大変でしたね。」
「いつもご主人は営業所止めされてましたよね・・・。今年もそうなさいますか?」と聞くと
「いいんですよ〜。あの人は気が短くて少しも待てないんです。・・・それも懐かしいですけど」と。
そう言われて、その亡くなられたお客さまの姿がふーっと浮かんできたような気がしました。
そして、代々続くお店と お客さまの何十年もの信頼関係の重さを感じました。
その他もご主人から奥様へ。 おばあちゃんから娘さんへ、 お嫁さんへ など
何度となく 嶋七のかまぼこがお客さまを通して伝えられていく姿に出会いました。
代々続くお店・・・・。そして、そこにある味・・・・。
これは、なんとしても私たちで守っていかねば・・・と改めて思いました。
そして、私はこのお店とこのかまぼこ本来の味と思いを
できるだけ多くの方に知ってもらうための伝道師になりたいと思います。
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〜お客さまに教わったこと〜
ホームページを開設して、アクセス数もなかなか上がらなかったのですが、
それでもポツポツと初めてお客さまからもご注文をいただくようになりました。
そして、「ふるさとの舞鶴を見つけてうれしかったです。
舞鶴のかまぼこが懐かしい・・・・。
また子供のころを思い出して食べたいので送ってください。」
そんな内容のメールをいただくことが増えました。
ふるさと舞鶴を離れ、舞鶴を懐かしんでいる人が多くいることを知りました。
そして、舞鶴でのかまぼこの存在って、ふるさと舞鶴を後にした人にとって、
大きな存在なんだなあと改めて思うようになりました。
そして、この嶋七のホームページがそんなふるさと舞鶴を懐かしむ方の憩いの場所になり、
ふるさと舞鶴へ足を運んでいただくきっかけになればいいなあとも思うようになりました。
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〜伝統を守りながらの新たな挑戦「舞鶴かに物語」〜
私がオンラインショップの準備をする傍ら、主人(嶋七4代目)も
新たな商品作りに悪戦苦闘していました。
そんな中でもいつも根本にあったのが嶋七の伝統の味です。
これを崩さずそして次世代にも受け入れられる商品づくり、これが課題でした。
そして、長年温めていたアイデア(舞鶴の特産である松葉かにを組み合わせた商品づくり)で、
松葉かにの甲羅に嶋七のすり身とかにの身を練り合わせて詰め、
蒸しあげた創作かまぼこ「舞鶴かに物語」が生まれました。
この試作でも、嶋七の伝統の味をそこなわないような配合調整のため、何度も試作を重ねました。
そしてこの「舞鶴かに物語」多くの新聞・雑誌・TV・ラジオに
取り上げていただくことになりました。
オンラインショップは、小さな店が新商品を生み出し、売ることの垣根を下げてくれました。
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